浦和地方裁判所 平成2年(行ウ)3号 判決 1993年4月26日
東京都東村山市多摩湖四丁目七番地三
原告
有限会社初谷鶴ヶ島
右代表者代表取締役
初谷美佐夫
右訴訟代理人弁護士
福田哲夫
埼玉県川越市三光町三六番一号
被告
川越税務署長 櫻井源壽
右指定代理人
武田みどり
同
青柳允隆
同
真塩栄進
同
大谷津宏己
同
菅村敬二郎
同
萩原一夫
同
寺島進一
同
大月泉
同
小柳稔
同
野崎宏
同
佐野友幸
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し平成元年四月六日付でした、原告からの酒類販売業免許申請を拒否する処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は昭和六二年一二月二四日、被告に対し酒税法第九条第一項に基づき次のような内容の酒類販売業の免許申請をした。
販売場の所在地 埼玉県入間郡鶴ヶ島町膝折五丁目四番地八
販売場の名称 有限会社初谷鶴ヶ島
販売する酒類の種類 全酒類
販売の方法 小売業
2 被告は平成元年四月六日、原告について酒税法第一〇条第一〇号の規定に該当する事由があることを理由として右申請を拒否する処分(本件処分)をし、同月八日、原告にその旨を通知した。
3 しかしながら、酒税法第九条第一項、第一〇条第一〇号は、元来、職業選択の自由を保証した憲法第二二条第一項に違反する無効な規定であり、本件処分はこれに基づいてされたものであるから違法である。仮に、そうでないとしても、原告には酒税法第一〇条第一〇号の規定に該当する事由は存在せず、本件処分は右事由なくしてされたものであるから違法である。
よつて、原告は被告に対し、本件処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の各事実は認める。
2 同3の主張は争う。
三 被告の主張
1 酒類販売業免許制度(以下「酒販免許制度」という。)の合憲性
憲法第二二条第一項の規定によつて保障される職業選択の自由は、自由な職業活動が社会公共にもたらす弊害を防止するという消極的目的からの制約に服するだけではなく、社会政策ないし経済政策上の積極的目的からの制約も受けるのであつて、その制約が、重要な公共の利益のために必要であり、かつ手段・態様において合理的な措置である限り、合憲性を肯定することができる。
酒税は国家財政上重要な地位を占めており、酒税収入は明治三〇年代から昭和初期にかけては租税収入の首位を占めたこともあり、昭和一〇年度(会計年度をいう。以下、同じ。)から同二五年度までの間では、昭和一四年度から同二一年度までの間を除き、所得税に次いで二位を、昭和二六年度以降においては所得税、法人税に次いでほぼ三位を占めてきた。昭和六三年度においてはその租税収入予算額(印紙収入を含む。)四五兆九〇〇億円に対して酒税収入は二兆六六〇億円であり、その占める割合は四.六パーセントとなっている。そして、酒税は、所得税、法人税とともに、その収入額の三二パーセントが地方交付税交付金の財源に充てられており、地方財政にも大きく寄与している。酒税額の、製造者による販売価格中に占める割合は極めて高く、製造者にしてみれば、酒税を納めるために酒類製造業を営んでいるとさえいえるのであり、その徴税方法としては庫出課税(移出課税)制度が採用されている。元来、酒税は酒類の消費者に対して課される間接消費税の一種であるが、この庫出課税制度は、酒類製造者を納税義務者と定め(酒税法第六条)、酒類が製造者のもとから庫出される際、その数量に対する(従量)単位数量当たりの税額若しくは販売価格に対する(従価)一定の税率をもつて課税しようとするものであり、これによつて徴税を容易にし、酒税のほ脱を防止することが可能となる。しかしながら、そのためには製造者が納付した酒税が円滑に消費者に転嫁され、これに相当する金員が確実に消費者から製造者のもとへ回収されなければならない。この場合、販売業者は、製造者と消費者との中間にあって、製造者から消費者への税負担の転嫁を仲介するパイプ役として、間接消費税の徴収確保にとつて重要な役割を荷っているのであり、これらの製造者及び販売業者が一体となって、いわば間接消費税の徴税機関ともいえる地位を占めているのである。酒販免許制度は、このような販売業者の役割に鑑み、酒類販売業の濫立を防止して、適正な需給の均衡のもとに、製造者において確実に酒類代金を回収できるようにするとともに、一定の身分的要件を欠く者を酒類販売業者から排除し、もつて酒税収入の安定を図ろうとするものであり、職業選択の自由に対する公共の利益確保の必要からの制約として十分な合理性を有している。
酒販免許制度の要件ないし内容について規定する酒税法第一〇条は、免許の拒否の権限を税務署長に与えているが、そのし意的な判断を排除して免許事務の公正が保たれるよう、免許を与えないことができる場合の消極要件を制限列挙し、これに該当する事由がない限り、免許を与えることを原則としている。同条の掲げる消極要件の中には、税務署長の認定判断を経ることを予定しているもの(第九号から第一一号まで)もあるが、この点については、公平で、統一された執行が適正に行われるようにするため、「酒類の販売業免許等の取扱いについて」と題する国税庁長官通達(昭和三八年一月一四日 間酒二-二)が発付されており、これによつて酒類販売業免許事務の取扱いについて具体的かつ詳細な定めをして、税務署長によるし意的な判断を排除している。そして、税務署長による右の点についての認定判断は法規裁量と解されており、免許を拒否された申請者の法的救済の途も開かれている。このように、酒販免許制度は酒類販売業に対する規制の手段、態様においても合理性を有するものである。
以上の次第であつて、酒販免規制度は職業選択の自由を制約するものではあるが、酒類販売業に対する規制の目的及び手段・態様の両面において合理性を有しており、合憲性を具備しているというべきである。
2 本件処分の根拠及び適法性
被告は、原告について酒税法第一〇条第一〇号に該当する事由があるとして本件処分をしたのであるが、その根拠は次のとおりである。
(一) 資金の欠乏
原告から提出された酒類販売業免許申請書中の「役員名簿及び出資者名簿」によれば、原告は昭和六二年一二月二一日設立された会社であり、設立に際しての出資金は原告の代表取締役である初谷美佐夫(以下「初谷」という。)が四〇〇万円、取締役である初谷カズイが一〇〇万円をそれぞれ負担することとなつている。川越税務署の担当係官は昭和六三年二月二六日、調査のため、初谷に面接し、出資の事実を証する資料の提示を求めたところ、現金残高四七九万五七〇〇円が記載された元帳の写し及び現金四七九万五七〇〇円の提示があつたので、現金の出所を尋ねたところ、初谷は手元にあつた金を集めたものである旨を陳述した。
右陳述によれば、原告の設立に当たり出資された現金は、原告の酒類販売業を行うための安定的な資金として保有されていたものとは認められず、右係官に提示された現金も被告の調査に対する弥縫策として初谷が急遽集めたものであると考えられ、したがつて、右現金の存在を表す元帳の記載事項も信用し難いものである。
前期免許申請書中の「所要資金の明細書およびその調達方法」によれば、原告は、開業に際しての所要資金として仕入資金五〇万円、掛売資金二三万円、在庫資金七一万円、その他二一三万八〇〇〇円の合計三五七万八〇〇〇円を見込んでおり、右資金の調達方法として資本金五〇〇万円及び借入金一〇〇万円を充当することとしていた。
しかしながら、原告は、本件処分時においても営業を開始していないことから、その収入は皆無であるうえ、開業の際の所要資金に充てるべき資本金についても前記のとおりその出資の事実すら疑わしいものであり、また借入金についても有限会社ハツガイ(住居地・埼玉県川越市的場一丁目一五番八号、代表取締役初谷美佐夫、以下「ハツガイ」という。)から借入れることとしていたが、同会社にしても、その運転資金の大部分を株式会社はつがい(住所地・東京都東村山市多摩湖町四丁目七番三、代表取締役初谷美佐夫、以下「はつがい」という。)からの借入れに依存する状況にあり、後記のとおりはつがいそのものの経営状態が劣悪なものであるので、右借入金も安定的資金とはなり得ないものである。
以上のとおり、原告において今後安定した経営を行つていくためには右資本金及び借入金をもつてしては不十分なものというほかなく、原告にとつて安定的資金であるとは到底いい得ないものである。
(二) 設備の不十分
前記免許申請書の「テナント契約書」によれば、申請に係る販売場の店舗は、株式会社三楽食品(所在地・埼玉県川越市的場一丁目一五番八号、以下「三楽食品」という。)が運営する店舗内の一部をテナントとして原告が同会社から賃借するという形態のものである。
ところで、同店舗の所有者は株式会社常磐倉庫(所在地・埼玉県入間郡鶴ヶ島町三ッ木八九六番地、代表取締役関根光雄、以下「常磐倉庫」という。)であり、三楽食品は常磐倉庫から賃借した店舗の一部をさらに原告に転貸するものであるが、常磐倉庫と三楽食品との賃貸借契約では、テナント契約以外の方法での転貸も認めず、テナント契約も建物賃貸借契約が有効である期間に限るものとされ、建物賃貸借契約を解除するとテナント契約も解除されるというものである。
したがつて、原告と三楽食品間のテナント契約はその存続が、三楽食品及び常磐倉庫の意思に左右されるという不安定な状態にあり、原告において酒類販売業を安定して行い得るような状態ではない。
現に、常磐倉庫と三楽食品との賃貸借契約は、平成二年七月四日限りで解約されており、現時点において原告は、申請に係る販売場で営業することは事実上不可能な状態にある。
(三) 原告の代表者である初谷のこと
初谷は、原告の代表取締役であるほか酒類・食料品小売業を営むはつがいの代表取締役に昭和五五年一〇月三一日付けで就任し同会社を経営しているが、その決算報告書によると、第六期事業年度(昭和六〇年八月一日から同六一年七月三一日まで)に四五四万二五一〇円の欠損金を、第七期事業年度(昭和六一年八月一日から同六二年七月三一日まで)に一一四〇万四九三〇円の欠損金を、さらに、第八期事業年度(昭和六二年八月一日から同六三年七月三一日まで)に三八九万六一八円の欠損金をそれぞれ計上し、同事業年度末において一七九六万九一一四円もの多額な繰越欠損金を抱える状態である。さらに同会社は、第七、第八期事業年度の二期とも固定資産の減価償却を行つていないが、商法上本来行うべき減価償却(商法第三四条第二号)を行つたとしたならば、第七期事業年度に四二九万九〇四八円の、第八期事業年度に三六二万三七四〇円の各減価償却費をそれぞれ計上することとなり、その場合の繰越欠損金は約二五八九万一九〇二円にも上るのである。
同会社は、昭和六〇年九月三〇日までに、東京都に納付すべき第五期事業年度(昭和五九年八月一日から同六〇年七月三一日まで)に係る事業税一万六九二〇円及び都民税九四〇〇円を滞納し、第七期事業年度(昭和六一年八月一日から同六二年七月三一日まで)に係る都民税一万円も滞納していた。さらに、源泉所得税等について、滞納に至らないまでも数度の納付遅延を繰り返している。
初谷本人も、昭和六三年四月二一日現在、東京都東村山市に納付すべき昭和六二年度固定資産税及び都市計画税第四期分四万一二〇〇円(共有者初谷カズイ持分五分の二)を滞納し、さらに、東京都に納付すべき昭和六二年度不動産取得税三件分合計八〇万六一一〇円等の滞納がある。
さらに、初谷が代表取締役として経営しているハツガイにおいても、源泉所得税等につき滞納にまで至らないものの数度の納付遅延を繰り返している。
以上のとおり、初谷が主宰する会社の中には多額な繰越欠損金を抱えあるいは租税を滞納していた会社があることや、初谷本人も租税を滞納した事実もあることから、初谷自身の資金の欠乏、経済的信用の薄弱、経営能力の貧困及び遵法精神の欠如は明らかである。
(四) 原告の取締役である前田知男のこと
原告の非常勤取締役前田知男(以下「前田」という。)は、たとえ非常勤といえども取締役である以上原告の経営方針等に与える影響力は看過できないものと考えられるので、以下前田の経営能力等について述べる。
前田は昭和四四年一一月二四日、有限会社前田酒販(以下「前田酒販」という。)の設立と同時に代表取締役に就任し現在に至つている者であるが、同会社は昭和五七年五月一九日に第一回目の手形不渡事故(金額三〇万円)を起こし、同年一〇月一八日には第二回目の手形不渡事故(金額一一五万円)を起こしたため、同月二〇日大田原手形交換所から銀行取引停止処分を受けたのをはじめ、昭和六一年四月二四日には再度大田原手形交換所から、同六二年四月二四日には宇都宮手形交換所から、さらに同年七月一六日には鹿沼手形交換所からそれぞれ銀行取引停止処分を受けている。
前田酒販は、法人税の確定申告書を第一三期事業年度(昭和五五年六月一日から同五六年五月三一日まで)から第一五期事業年度(昭和五七年六月一日から同五八年五月三一日まで)までの三事業年度にわたり所轄大田原税務署長に提出せず、また、第一六期事業年度(昭和五八年六月一日から同五九年五月三一日まで)について、約一年後の昭和六〇年六月二七日に、第一八期事業年度(昭和六〇年六月一日から同六一年五月三一日まで)及び第一九期事業年度(昭和六一年六月一日から同六二年五月三一日まで)について同六二年三月二六日及び同年九月九日に、それぞれ期限後申告書を所轄大田原税務署長に提出している。
また、前田酒販は、昭和六〇年六月に大田原税務署長による法人税及び源泉所得税の調査を受けた結果、第一六期事業年度分の法人税額三七三万六一〇〇円及び第一七期事業年度分の源泉所得税額一一三万七八〇〇円を追徴されることとなつたが、右本税及び加算税等のうち、還付金等の充当額を除く五一二万七七〇〇円及び第一七期事業年度分の法人税額一万五五〇〇円の合計五一四万三二〇〇円を滞納し、昭和六〇年一一月二九日、同会社所有の土地等が差し押えられ、同六一年八月二九日に至つてようやく完納された。
前田酒販は、第一九期事業年度(昭和六一年六月一日から同六二年五月三一日まで)に一一一九万五三四六円の損失金を、さらに第二〇期事業年度(昭和六二年六月一日から同六三年五月三一日まで)に七三九万四七八七円の損失金を計上し、昭和六三年五月三一日現在で一一三七万五一八七円の未処理損失金を抱え、しかも経営の行詰りから同会社所有の土地等及び前田の母親が所有している会社の営業本拠地である土地及び店舗について、差押えを受けており、その債務総額は八億九〇〇〇万円を超えていることから、同会社の経済的基盤は著しく薄弱であるといわざるを得ない。
以上のとおり、前田は、原告の取締役(仕入・販売担当)という立場にあるとされているが、前田本人の資金の欠乏、経済的信用の薄弱、経営能力の貧困及び遵法精神の欠如は明らかであるというべきである。
したがつて、原告には、事業経営のために必要な資金の欠乏、経済的信用の薄弱、販売設備の不十分、経営能力の貧困が認められ、経営の物的、人的、資金的要素に相当の欠陥があって事業の経営が確実とは認められないから、その経営の基礎が薄弱であるといわざるを得ず、原告には酒税法第一〇条第一〇号に該当する事由があるので、これを理由としてされた本件処分は適法である。
四 被告の主張に対する原告の反論
1 酒類免許制度の違憲性
憲法第二一条第一項が保障する職業選択の自由には、狭義における職業選択の自由(開始・継続・廃止)のみならず、選択した職業の遂行(活動の内容・態様)の自由も包含される。酒販免許制度のような営業の許可制度は、単に職業活動の内容・態様や手段・方法に対する規制に止まらず、狭義における職業選択、すなわち開業そのものを直接規制するものであるから、これを合憲というためには強度の合理的根拠がなければならない。一般に、営業の免許制度が合憲であるとして是認されるためには、第一に、規制の目的自体が公共の利益に適合する正当性を有すること、第二に、目的と規制手段との間に合理的関連性があること、第三に、規制によつて失われる利益と得られる利益との間に均衡が成立すること、の三つの要件がすべて充足されなければならない。
憲法第二二条第一項によって保障される職業選択の自由に対する制約は、自由な経済活動がもたらす弊害を除去ないし緩和し、社会生活における個人の生命、身体、財産の安全を確保するために必要とする場合、及び憲法が全体として企図する福祉国家の理念のもとに、積極的に社会経済の均衡のとれた調和的発展を図るために必要とする場合に限り正当性を具備するに至るのであつて、被告主張のように、単に「酒税収入の安定を図るため」の酒販免許制度は国によるし意的、便宜的な制度であり、右の意味での正当性を有するものではない。もし、このような制約が許されるとすれば、一般消費税その他の間接国税の収入確保を目的として、あらゆる営業を国の許可制のもとにおくことも憲法上許容されることになり、そうなつたのでは、憲法第二二条第一項が国民の基本的人権の一つとして保障する職業選択の自由は、国の租税政策によつて左右され、全くの空文と化してしまうことになりかねない。とくに、酒販免許制度は、沿革的には酒税について庫出課税方式を導入したことに伴い、これによる酒類の製造者からの増税反対の鉾先をかわすために製造者を懐柔する妥協の産物として導入されたものであつて、決して酒税収入の確保のための必要から導入されたものではない。
仮に、酒販免許制度が「酒税の保全」を目的とする制度であり、そのような目的からの営業の自由に対する規制が正当性を有するとしても、現行の酒販免許制度のもとにおける規制手段はその目的との間に合理的関連性を有するとはいえない。酒税法第六条によれば、酒税の納税義務者は、酒類の製造者又は酒類を保税地域から引き取る者であって、酒類の販売業者ではない。そうであるとすれば、酒税収入の確保を図るためには酒類の製造業等を免許制のもとにおき、規制の対象とすれば足りることであり、販売業までその対象とする必要はないはずである。酒類の製造者等も一個の企業人なのであるから、自らが製造し又は引き取つた酒類を販売する相手方の資力、信用については、一般企業人が払うのと同様の注意を払って取引の相手方を選択するわけであり、当然にそのような注意力を備えている。したがつて、それ以上に、国が免許制度のもとに酒類の販売業を規制の対象とし、後見的に製造者等を保護しなければならない必要は存しない。酒税法は、酒税納入の確保を図るために酒類の製造者に対し二重、三重にわたつて報告、届出等の義務(第三〇条の二、第四六条、第四七条、第四九条、第五〇条、第五〇条の二、第五一条、第五三条)を課し、その懈怠に対しては刑事罰をも規定(第九章)することによつて、課税対象者及び税額に遺漏なきを期している。そのうえで、販売業まで免許制度による規制のもとにおくことは、いわば屋上に、屋を重ねることであつて、目的達成のための手段として著しく合理性に欠けることが明白である。むしろ、酒類販売業を自由化すれば、業者間の活発な競争によつて販売量が増大し、酒税収入も増加する。
前記のとおり、酒税法は、酒類の製造業を免許制度のもとにおき(第七条)、製造者に対し酒税の徴収確保のため万全の措置を講じているのであり、そのうえで、さらに、酒類の販売業まで免許制度のもとにおき、規制をしたとしても、そのために国に付加される利益は極めて少ない。酒税の、国の租税収入に占める割合は、昭和六三年度の租税収入予算額で四・五八パーセント、平成元年度のそれで三・五三パーセントであり、現行の酒税法による酒販免許制度が採用された昭和二八年当時に比べると、酒税の国家財政に占める割合は著しく減少している。のみならず、酒販免許制度は、酒類の価格統制の手段として利用され、既存業者の既得的利益保護のためにし意的な運用がされている。これに引き換え、免許制度のもとで拒否処分を受けた申請者は、酒類の販売業を営む途を完全に閉ざされてしまうわけであり、これによつて申請者が被る不利益は甚大である。
以上のようにみてくると、酒販免許制度は、職業選択の自由に対する制約として、その必要性及び合理性のいずれの点においても欠けるところがあり、憲法第二二条第一項に違反するというべきである。
2 本件処分の違法性
仮に、酒税法第九条及び第一〇条が合憲であるとしても、これらの規定は、憲法第二二条第一項によつて保障される国民の職業選択の自由を著しく制約するものであるから、できる限り限定して解釈されなければならない。酒税法第一〇条第一〇号は、「免許の申請者が破産者で復権を得ていない場合、その他その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」と規定し、後者の場合が破産者と並列して規定されていることからすれば、「その他その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」とは破産者に準ずる程度に信用が欠如している場合をいうと解釈されなければならない。原告にはそのような事由はなく、その理由は次のとおりである。
(一) 原告の代表者である初谷は、昭和六二年二月一〇日ハツガイを設立し、同月一七日付けで、埼玉県川越市的場一丁目一五番七、八、二一を販売場とする酒類販売業の免許申請をし、同年九月一八日付けで、その免許を付与された。ハツガイは免許取得後直ちに酒類の販売業を開始し、その後、事業年度を追うごとに業績を伸ばしており、第二期事業年度(昭和六二年九月一日から同六三年三月三一日まで)においては、売上高一億三六六八万六八四五円、当期利益金二四二万一七〇四円、第三期事業年度(昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日まで)においては、売上高三億八〇〇九万二〇五七円、当期利益金六九六万七六七三円、第四期事業年度(平成元年四月一日から同二年三月三一日まで)においては、売上高六億二〇六六万〇三四六円、当期利益金一四四〇万六六三八円、第五期事業年度(平成二年四月一日から同年九月三〇日までの中間決算)においては、売上高三億五七四八万八一三四円、当期利益金一三四五万三八三八円となつている。このことは原告の代表者である初谷の経営能力には全く問題がなく、資本金六〇〇万円にすぎないハツガイのような会社でも、短期間のうちにこれだけの業績を残すことができることを意味している。
(二) 初谷は、酒類の販売業の目的として、はつがい、ハツガイ、有限会社初谷狭山(住所地・埼玉県狭山市富士見二丁目二二番地三〇号、以下「初谷狭山」という。)及び原告の四つの会社を設立し、その代表者となつているわけであるが、これは免許を受ける販売場ごとに会社を別にしようとする考え方によつたものであり、これらの会社の経営の基礎の強弱をみるときには、四つの会社を一つの企業体として把握することが肝要である。たしかに、はつがいは第七、第八期事業年度においては被告主張のような欠損金を計上しているが、これはいずれも店舗改装等による固定資産売却損、改装費用の支出等に伴う一時的なものであり、その二年後の第一〇期事業年度(平成元年八月一日から同二年七月三一日まで)においては、その間の利益金によつて従前から繰り越された欠損金はすべて補填されてしまつている。はつがい及びハツガイのほか、原告及び初谷狭山にも酒類の販売業免許が付与されれば、これらの四つの会社は一つの企業体として営業活動を展開し、仕入価格を引き下げさせるなどして大きな販売利益を挙げることが可能となる。取締役である前田が原告の経営に影響を及ぼすことは全くなく、前田は、本件処分後、取締役を辞任している。
(三) 販売場となる店舗が転借のものであるかどうかは、原告の経営の基礎の強弱とは全く関係がない。ハツガイの販売場である店舗も転借のものであるが、ハツガイが前記のように高い業績を挙げていることはこれを裏付けている。被告もハツガイからの免許申請を審査する段階ではこのことを全く問題にしなかつた。
(四) 被告が原告からの免許申請を拒否したのは原告の「経営の基礎が薄弱である」ためではない。原告に対して免許を付与した場合、原告がはつがいやハツガイと同様、酒の安売り(メーカーの小売指定価格よりも低価の販売)方式により短期間のうちに著しい売上実績を挙げていくことが予測されるため、原告との販売競争をおそれた地域の小売業者の組合などが原告に免許を付与しないように要望し、被告がこれを受け容れたことによるものである。現に、ハツガイに対して免許を付与するについても、地域の小売業者の組合から強い反対があったが、これもはつがいが酒の安売りをしていたことが原因である。
以上の次第であつて、原告について酒税法第一〇条第一〇号に該当する事由があるとした被告の認定・判断は裁量の範囲を逸脱するものであり、本件処分は違法である。
第三証拠
本件訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」に記載のとおりである。
理由
一 請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、まず酒販免許制度を定めた酒税法第九条、第一〇条第一〇号の規定が職業選択の自由を保障した憲法第二二条第一項に違反するかどうかについて検討する。
酒税法は酒類の販売業について免許制度(酒販免許制度)を採用し、酒類の販売業をしようとする者は、販売場ごとに、その販売場の所在地の所轄税務署長の免許を受けなければならない旨を定めている(同法第九条第一項)。これによれば、酒類の販売業をしようとする者は、何人といえども所轄税務署長の免許を受けない限り酒類販売業を営むことはできないのであるから、酒販免許制度は、単に職業活動の内容及び態様を規制するものではなく、狭義における職業選択の自由そのものを制約するものであつて、憲法第二二条第一項が保障する職業選択の自由に対する強力な制限であることにほかならない。そうであるとすれば、酒販免許制度が憲法の右規定との関係で合憲性を有するというためには、原則として、これが重要な公共の利益のために必要にして合理的な措置であることを要するものというべきである(最高裁昭和五〇年四月三〇日大法廷判決・民集第二九巻第四号五七二頁)。
酒税法は、酒類には酒税を課するものとし(第一条)、酒類の製造者を納税義務者とする(第六条第一項)とともに、その課税標準について、酒類の製造場から移出し、又は保税地域から引き取る酒類の数量とすると規定して(第三条第一項)、その賦課徴収に関しいわゆる庫出課税(移出課税)方式を採用した。これは、酒税が、沿革的にみて、国税全体に占める割合が高く、国家財政上重要な地位を占めているため、これを確実に徴収する必要性が高い税目であるとともに、酒類の販売価格に占める割合も高率であることによるのであり、酒税法が、酒類の販売業について免許制度を採用したのはこのことと不可分の関係を有している。というのは、酒税は間接消費税の一種であって、その納税者は酒類の消費者なのであるが、酒税の賦課徴収については庫出課税方式が採用されているため、納税義務者である酒類製造者は、納付した酒税に相当する額の金員を販売価格に組み入れて消費者に転嫁し、販売業者を介してこれを回収する必要があるのであり、この場合、販売業者は製造者と消費者の中間にあって、事実上、消費者から酒税を徴収するための、いわば徴税機関としての役割を荷うことになるのである。酒販免許制度は、酒類の販売業者がその流通過程で荷う右のような役割にかんがみ、酒類の販売業をしようとする者のうちその経済的、人格的要因から右のような役割を荷うのに適しない者を排除するとともに、販売業者の濫立を防止して、適正な酒類の需給の均衡のもとに、製造者が確実に納付した酒税に相当する金員を販売代金として回収できるようにすることを目的とするものであり、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという重要な公共の利益のために採られた必要にして合理的な措置であつたということができる。
ところが、本件処分がされた平成元年当時においては、原告の主張にもあるように、酒税の国税全体に占める割合は酒販免許制度が採用された昭和一三年当時に比して相対的に大幅に低下してきており、酒販免許制度そのものにも原告主張のような問題点があることを考慮すると、本件処分の当時においても、酒類の製造業のほかに販売業までも免許制度のもとにおく必要があつたかどうかは職業選択の自由の保障が国民にもたらす利益との対比において考えるとき大いに疑問の存するところである。しかしながら、租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加えて、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。したがつて、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断に委ねるほかはなく、裁判所は基本的にはその裁量的判断を尊重するほかはないというべきである(最高裁昭和六〇年三月二七日大法廷判決・民集第三九巻第二号二四七頁)。これを酒税の賦課徴収についてみるのに、酒販免許制度が採用された昭和一三年から本件処分がされた平成元年までの間には社会状況に大きな変化があり、本件処分当時においてもこの制度を存置しておくことの必要性及び合理性があつたかどうかについては問題の余地があることは前述したとおりであるが、そうであるからといつて、酒税が国の重要な租税収入の一つでありうることに変りはないわけであるし、その賦課徴収に関する前述した仕組みがいまだその必要性及び合理性を失っているとはいえないこと、元来、酒類は致酔性を有する嗜好品であり、その販売を全く自由にした場合、弊害が生ずることも考えられないではなく、販売秩序維持等の観点からもその販売について何らかの規制が行われても止むを得ないと考えられることなどを考慮すると、本件処分当時においてなお酒販免許制度を存置すべきものとした立法府の判断は、前述のような政策的、技術的裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理であるとまではいえない(最高裁平成四年一二月一五日第三小法廷判決・裁判所時報第一〇八九号三頁)。
酒税法第一〇条第一〇号は、酒類販売業の免許申請者が破産者で、復権を得ていない場合その他その経営の基礎が薄弱であると認められる場合に、酒類販売業の免許を与えないことができる旨を定めた規定であるが、これは酒類の製造者が販売代金の回収に困難を来すおそれがあると考えられる最も典型的な場合を規定したものであつて、この基準は酒販免許制度を採用した前述のような立法目的に照らして合理的なものである。また、右規定の文言中、「経営の基礎が薄弱」かどうかの判断は第一次的には所轄税務署長の裁量に委ねられることにはなるけれども、その判断が裁量の範囲を逸脱していると認められる場合には、免許を拒否された申請者には取消訴訟の提起その他の法的救済の途も開かれているのであるから、右文言が不明確であつて、行政庁のし意的判断を許すようなものであるということはできない(最高裁平成四年一二月一五日第三小法廷判決・裁判所時報第一〇八九号三頁)。
したがつて、酒販免許制度について定めた酒税法第九条、第一〇条第一〇号は憲法第二二条第一項には違反しないというべきである。
三 進んで、原告について酒税法第一〇条第一〇号に該当する事由があるとした被告の判断の適否について検討する。
1 成立に争いのない甲第一号証の一四、二〇、原告代表者の尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、(1)原告の代表者である初谷は昭和四三年四月、東京都東村山市内に食料品店を開店し、同年六月には酒類販売業の免許(立川税務署長)を得て酒類も取り扱うようになつたこと、(2)そして、初谷は、次第に事業活動の範囲を拡げ、昭和五一年七月当時においては、その営業において取り扱う品目は酒類、穀類、塩、生鮮三品、菓子、パンをはじめ食料品一般に及んでいたところ、初谷は昭和五五年一〇月三一日、はつがいを設立してその代表取締役となり、以来、はつがいの名において右営業を続けていること、(3)初谷は、はつがいが設立される以前から酒類の安売り(メーカー指定の小売価格を下回る価格で販売すること)をしていたが、昭和六二年ころに至り、この営業活動を拡大し、東京都東村山市近郊の各地で酒類の安売りを実施しようとして、昭和六二年二月一〇日にハツガイを、同年一二月二一日に原告と有限会社初谷深谷(所在地・埼玉県深谷市)を、昭和六三年三月一日に初谷狭山をそれぞれ設立し、それぞれの会社の名において所轄税務署長に対し酒類販売業の免許申請をし、ハツガイについては昭和六二年九月一八日付けで川越税務署長からの免許が付与されたこと、(4)右のように、初谷が、はつがいの名においてではなく、販売場ごとに別の会社を設立し、その会社の名において免許申請をしたのは、はつがいの業績が思わしくなく、その名においては免許を受けにくいと判断したことに加えて、一つの会社の名においていくつもの販売場について免許が付与されるかどうか疑問に思えたことによるものであること、以上の事実が認められる。これによれば、原告は、会社としての法人格こそ有してはいるものの、その実体ははつがいと一体のものであつて、単に酒類販売業の免許を取得するための便宜的手段として設立された会社であることが明らかである。そうであるとすれば、原告の経営の基礎が薄弱であるかどうかは、はつがいのそれ、ひいてはそのオーナーである初谷の資産信用、経営能力等と切り離して判断することはできないというべきである。
2 いずれも原本の存在及び成立に争いのない乙第九ないし第一三号証並びに弁論の全趣旨によれば、(1)その決済報告書によると、はつがいは、第六期事業年度(昭和六〇年八月一日から同六一年七月三一日まで)に四五四万二五一〇円の欠損金を、第七期事業年度(昭和六一年八月一日から同六二年七月三一日まで)に一一四〇万九三〇円の欠損金を、さらに、第八期事業年度(昭和六二年八月一日から同六三年七月三一日まで)に三八九万〇六一八円の欠損金をそれぞれ計上し、同事業年度末においては、繰越欠損金は一七九六万九一一四円に達していること、(2)しかも、はつがいは、第七、第八期事業年度においては固定資産について減価償却を行つておらず、正規の減価償却を行つたとすれば、第七期事業年度において四二九万九〇四八円が、第八期事業年度において三六二万三七四〇万円が、それぞれ欠損金に付け加えられるわけであり、この場合、第八期事業年度末における繰越欠損金は二五八九万一九〇二円となること、(3)はつがいは、昭和六〇年九月三〇日までに、東京都に納付すべき第五期事業年度(昭和五九年八月一日から同六〇年七月三一日まで)に係る事業税一万六九二〇円及び都民税九四〇〇円を滞納し、第七期事業年度(昭和六一年八月一日から六二年七月三一日まで)に係る都民税一万円も滞納し、源泉所得税等についても数度の納付遅延があつたこと、(4)初谷本人も、昭和六三年四月二一日現在、東京都東村山市に納付すべき昭和六二年度固定資産税及び都市計画税第四期分四万一二〇〇円を滞納し、さらに、東京都に納付すべき昭和六二年不動産取得税三件分合計八〇万六一一〇円等の滞納もあつたこと、以上の事実が認められる。これによれば、本件処分がされた平成元年四月六日当時においては、はつがいは、その三、四年前から赤字経営を続けており、営業の前途には憂慮すべきものがあつたこと、また、初谷本人も納税意識が希薄であり、その経済的信用には疑問視すべき余地が存したことは否定できないところである。
3 成立に争いのない甲第一号証の八、九、一五、原本の存在及び成立に争いのない乙第四号証の二、証人清水高晴の証言とこれにより真正に成立したと認められる乙第四号証の二によれば、(一)原告が被告に提出した酒類販売業免許申請書に添付された資料によると、原告の資本金は五〇〇万円であり、このうち四〇〇万円は初谷が、一〇〇万円初谷の妻・カズイがそれぞれ出資したことになつており、原告の当面の所要資金三九八万円はこの出資金とハツガイからの一〇〇万円を限度とする借入金をもつて充てることとなつていること、(2)川越税務署所属の統括国税調査官・宮下剛は、右資金関係調査のため、昭和六三年二月二六日、埼玉県川越市的場一丁目一五番地八にあるハツガイの店舗で、初谷と面接し、初谷とその妻・カズイによる右出資の事実を証する資料の提示を求めたが、その提示はなく、代わりに、四七九万五七〇〇円の現金残高が記載されが現金出納簿の写しと現金四七九万五七〇〇円が提示されたこと、(3)そして、その際、初谷は、係官の質問に答えて、右現金について、「とりあえず、手元にあるのを集めたものである。」、「こんなに早く調査があるとは思わなかつた。」、「商人は金を遊ばせておくことはできないので、四月ころに預金するつもりであつた。」などの事情を明らかにしたこと、以上の事実が認められる。これによれば、初谷が提示した右現金四七九万五七〇〇円は、はつがい、ハツガイなどの名において初谷が経営する事業の運営に活用されている現金の一部であつて、原告の設立のために初谷やその妻・カズイが現実に個人に属する現金を拠出したものではないことが明らかであり、そうであるとすると、原告が被告に提出した前記の出資や所要資金の調達に関する資料は事実の裏付けを欠いた書面上だけのものとみられても止むを得ないところである。
4 原本の存在及び成立に争いのない乙第七号証、証人清水高晴の証言とこれにより真正に成立したと認められる乙第八号証によれば、(1)原告の申請に係る販売場の店舗は、三楽食品が常磐倉庫から賃借して市場としている建物の一画を転借するというものであったこと、(2)右両者間の賃貸借においては、いわゆるテナント契約以外の方法による転貸は認められておらず、テナント契約も建物賃貸借を効力を有する期間に限られ、建物の賃貸借が終了することにより効力を失うとされていたこと、(3)そこで、被告は、原告が将来において継続的に安定してこの店舗を使用できるものかどうかについて疑問を抱き、この店について、関東信越国税局又は川越税務署所属の係官が常磐倉庫の代表者に面接するなどして調査をしたが、右疑問が解消されるまでには至らなかつたこと、以上の事実が認められる。これによれば、原告の申請に係る販売場の店舗については、必ずしも、原告において将来に向けて継続的に安定してこれを使用できるという状況にはないというべきである。
5 以上のようにみてくると、被告が、原告についてその経営の基礎が薄弱であり、酒税法第一〇条第一〇号に該当すると判断したのには相当の理由があり、被告がそのように判断したことをもつて裁量の範囲を逸脱したということはできず、本件処分は適法である。原告は、酒税法第一〇条第一〇号にいう「その他その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」とはこれが「破産者で復権を得ていない場合」と並列して規定されていることからして、破産者に準ずる程度に信用が欠如している場合をいうものと解釈すべきである旨主張するが、右後者の文言は前者に該当する典型的な場合を例示したにすぎないものであつて、右前者の文言は必ずしも原告主張のように限定して解釈されなければならないものではない。
ところで、いずれも成立に争いのない甲第二ないし第四号証、第七ないし第九号証、第一五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第五号証、原告代表者の尋問の結果によれば、初谷が経営する酒類の販売等に関する営業は、酒類の大規模な安売りが奏功して、本件処分があつた平成元年四月六日以降の事業年度においては、はつがいにおいても、ハツガイにおいても事業年度を追うごとに売上高及び利益金が増大し、急速に業績を伸長させていることが認められる。しかしながら、行政処分の取消訴訟においては、裁判所は、当該行政処分がされた当時、行政庁において認識した事実及び相当な調査をすれば認識し得た事実をもとにして、当該行政処分の適否を判断するのであつて、口頭弁論終結時までに判明した事実をもとにして、裁判所が行政庁の立場に立って、当該行政処分が正当として維持できるかどうかを判断するものではないと解すべきところ(最高裁第三小法廷判決・民集第一三巻第七号一〇〇五頁)、右認定の事実は、本件処分後に現出したものであつて、本件処分当時、被告においてこれを予見し得たというものでもないのであるから、原告が、本件処分後の右認定のような状況をもとにして、再度、免許申請をした場合、これが、被告による許否の判断に大きな影響を及ぼす余地は十分にあり得るにしても、本件処分の適否の判断に直接影響を及ぼすものではない。
また、原本の存在及び成立に争いのない甲第一六号証、証人関根光雄の証言及び原告代表者の尋問の結果によれば、原告が酒類販売業の免許を得て、大規模な酒類の安売りをすることに脅威を感じた地元の酒類小売業者の団体である川越小売酒販売組合坂戸支部が、組合員の連名で常磐倉庫に対し原告をして前記店舗建設への出店をさせないよう特段の配慮を求めたり、被告に対し免許を与えないよう働きかけたりしたことが認められるが、このことが被告による本件処分に何らかの影響を与えたことをうかがわせるに足りる証拠はない。
さらに、被告がハツガイに対し昭和六二年九月一八日付けで酒類販売業の免許を付与したことは前述したとおりであるが、ハツガイによる申請と原告による申請とでは申請の時期、販売場の所在地及び規模・構造等が同じではないし、そのほかの事情についても被告が原告による申請について許否の判断をする段階で評価の見直しをしたこともあり得ることであり、ハツガイに対する免許付与の事実が直接本件処分の適否の判断に影響を与えるものではない。
四 よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条に適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官小林敬子、佐久間健吉は填補のため署名押印できない。裁判長裁判官 大塚一郎)